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Last updated 12 days ago

AIに「賢さ」を任せたら、人には何が残るのか

13 days ago

AIによって優秀な人がさらに強くなる。最近よく聞く話で、半分は正しいです。すでに経験があり、スキルがあり、良いネットワークを持っている人ほど、AIを使ってより多くの仕事をこなせるようになっています。しかし、この見方だけでは不十分です。AI時代の本質は、強者がさらに強くなることではありません。むしろ、これまで強者を強者たらしめていた条件の一部が、急速にコモディティ化していることです。これまでホワイトカラーの世界では、賢さに大きな価値がありました。情報を集める。構造化する。論理的に考える。資料に落とす。相手に説明する。こうした能力が高い人は、コンサルでも金融でもテックでも重宝されてきました。いわゆる「地頭が良い人」です。7月1日にYouTubeで公開したStartup Aquariumのトークセッションで、この「地頭」が腑分けされていました。PKSHA Technology代表取締役の上野山勝也さんは、地頭をひとかたまりの才能として扱いません。物事を抽象化し、構造化して理解する力と、それを使って現実に何かを動かす力。この2つを切り分けていました。前者は、AIによって大きく底上げされます。誰もがその力を借りられるようになる。だとすれば、そこで差はつきにくくなります。上野山さんは、AIそのものも「言語のモデル」から「行動のモデル」へ進化していくと話していました。テキストを返すだけの「物知りなAI」から、コードを書き、タスクを実行し、ソフトウェアを操作する存在へ。AIが動く存在になるほど、人間に問われるのも、知っていることではなく、動かせることのほうへ移っていきます。知性が不要になるわけではありません。使いどころが変わるのです。理解することから、現実に介入し、何かを動かすことへ。上野山さんは、この動かす力を「知的な運動神経」と呼んでいました。運動神経とは、ここでは身体能力の話ではありません。どこに入り込み、誰を動かし、どの順番で試し、どの角度から市場や組織に変化を起こすかという能力です。これは、スタートアップの世界では昔から重要でした。美しい戦略資料を作れる人より、顧客の前に出て、何度も仮説をぶつけ、プロダクトを変え、採用し、資金を集め、チームを動かせる人の方が価値を生みます。AIによって新しく重要になった能力ではありません。AIによって、もともと重要だった能力がむき出しになっただけです。だから、AI時代のキャリアの分かれ目は、AIを使いこなせるかどうか、だけではありません。AIを使えることは、もう前提。そのうえで差がつくのは、別のところにあります。上野山さんが繰り返し使っていたのが、「アクション空間」という言葉。自分が取れる行動の幅のことです。人は、自分にはこれとこれしかできないと無意識に思い込み、本当はもっと広いはずの選択肢を、実際より狭く見積もっている。問われるのは、自分のアクション空間をどれだけ広げられるか、です。同じAIを使っても、狭い環境にいる人と広い環境にいる人では、得られる経験がまったく違います。提案書を速く作れるようになるだけの人もいれば、顧客理解からプロダクト改善、営業、採用、資金調達まで一気に関われる人もいます。AIは、その人が置かれた環境で取りうるアクションの幅を増幅します。だとすれば、最初の範囲が狭ければ、増幅された結果も狭い。AIが強力になるほど、どこに身を置いているかの差が効いてきます。触れられる顧客、任される仕事、動かせる資源、周りにいる人。これらが、取れるアクションを大きく左右します。だからキャリアで本当に問うべきは、どの環境が自分のアクション空間を広げてくれるか、です。どこで働くかを選ぶことは、会社名や職種を選ぶことではありません。自分の時間という資産を、どのアクション空間に置くかを選ぶことです。そして、人を率いる側からすれば、これは裏返しの問いになります。自分の組織は、メンバーのアクション空間を広げているのか、それとも狭めているのか。大企業かスタートアップか、という単純な話ではありません。大企業にも広いアクション空間はありますし、スタートアップにも狭いアクション空間はあります。ただ、一般にスタートアップは未完成です。役割も、組織も、市場での勝ち筋も、まだ固まりきっていない。だからこそ、1人の行動が会社の形を変える余地があります。整っていない環境にはリスクもあります。誰かが道を用意してくれるとは限りません。仕事の範囲も曖昧です。昨日まで必要だったことが、明日には不要になることもあります。失敗すれば、自分の判断の間違いがそのまま結果に出ます。AI時代に価値が下がるのは、指示された作業を正確にこなすだけの能力です。価値が上がるのは、どの作業をするべきかを決め、実際に動かし、結果から学ぶことです。だとすれば、キャリアで選ぶべきなのは、作業を効率化できる環境ではありません。より良い失敗を、より速く、より多く経験できる環境です。AIによって能力の調達コストが下がるほど、「技術がないから」「経験がないから」???いう言い訳は弱くなります。方法はAIが教えてくれる。最後に残る差は、どれだけ大きな問いを本気で扱うかです。これは、個人の話にとどまりません。私は以前から、日本のスタートアップに足りないのは技術でも資金でもなく、この規模を本気で目指す野心だと考えてきました。能力の差で説明がつかなくなるほど、最後に問われるのは、どこまで大きく構えるか。それは個人も、この国も同じです。上野山さんは最後に、「あなたはすでに起業している」と話していました。これは比喩ではありません。社会人になった時点で、私たちは自分という有限のリソースを経営しています。時間、体力、知識、人間関係、信用、好奇心。それらをどこに投資し、どんなリターンを狙うのかを、毎日決めています。どこで働くかを選ぶことは、その資本配分を決める、最も大きな意思決定の一つです。だとすれば、問うべきは「どの会社にいるか」ではありません。「どの未来に自分を賭けているか」です。AIによって、ゲームのルールは変わります。中途半端なホワイトカラー能力は自動化されます。経験や肩書きの賞味期限も短くなる。過去の型をなぞるだけの人には、厳しい時代です。一方で、動ける人にとっては、これほど面白い時代はありません。AIは、行動しない人を救う道具ではありません。行動する人の半径を広げる道具です。結局、問われているのは、自分という会社の成長率をどう上げるかです。どの環境に身を置けば、自分のアクション空間は広がるのか。どこに時間を投資すれば、自分の学習速度は上がるのか。これは、立場を問わない問いです。組織を率いる人も、どこかに投資する人も、いま自分の仕事に向き合っている人も、形は変わりません。今回のセッションは、PKSHA Technologyの上野山勝也さんと、チームみらいの安野貴博さんの対談です。キャリアの話に見えて、これからの働き方そのものの設計図になっています。ぜひご覧ください。

どの市場で創るべきか、日本のAIアプリ層に好機到来

19 days ago

新しいAIの時代が幕を開け、いくつもの業界でゲームのルールが一から引き直されています。既存のSaaSプレイヤーが、自社の販路とリソースを活かして素早く変身を遂げるか、それとも製品をゼロから考え直す「AIネイティブ」なスタートアップに取って代わられるか。私たちは今、そのどちらかが起こる局面に入りつつあります。いずれにせよ、勢力の境界線は引き直されつつあるのです。さらに、基盤モデルがもたらす新しい能力とインターフェースのおかげで、これまでデジタル化に消極的だった業界やユースケースにも、ついにソフトウェアが入り込み始めています。この見立て自体に、特に目新しさはありません。こうした変化は、何年も前から進行してきました。私たちもこの流れに積極的に投資しており、日本ではLensやIVRy、米国ではMarqVisionやFactoryといった企業を支援しています。しかし、米国でアプリケーション層のAIスタートアップが次々と立ち上がっている、その膨大な数を考えると、日本できわめて少ないことに、正直かなり驚いています。日本のこの市場には、実に多くのビジネスチャンスが残されています。この好機をつかもうとする起業家が、もっとずっと多くいてもいいはずです。振り返れば、日本におけるSaaSの普及も、これとよく似た道をたどりました。私たちが投資を始めた2016年当時、「SaaS」という言葉すら、日本ではまだ広く知られていませんでした。そんな手探りの黎明期に、SmartHR、Kakehashi、Diniiをはじめとする多くの企業に投資できたことは、幸運でした。私たちは、今回もまた歴史が繰り返されようとしているだけなのだと考えています。クラウドの波に乗ったスタートアップが日本で生まれるまでに時間がかかったのと同じように、AIアプリケーション層の企業が一斉に花開く「カンブリア爆発」も、すぐそこまで来ているはずだ、と。そんな期待を込めて、日本の起業家にとって最も有望な「ホワイトスペース」(まだ誰も手をつけていない事業領域)がどこにあるのか、そして海外の投資家が日本のどこに目を向けるべきなのかを、ここで整理してみたいと思います。 ① そもそも、アプリケーション層は生き残れるのか 基盤モデルが性能を高め、コストを下げていくなかで、アプリケーション層の企業に、そもそも意味はあるのでしょうか。それとも、モデルがその上にあるものをすべて飲み込んでしまうのでしょうか。「SaaSは死んだ」と言えば、確かに注目を集めます。しかし、それと同時にAIのアプリケーション層に投資しているのなら、基盤モデルの上にもプレイヤーの居場所がある、と信じているはずです。かつて、クラウドのインフラ企業の上に、SaaSプレイヤーの居場所があったのと同じように。私たちは、アプリケーション層も生き残ると考えています。ただし、いくつか重要な前提があります。スイッチングコストは、SaaSの時代よりも低くなるでしょう。AIによって、膨大なデータや複雑なワークフローを簡単に移行できるようになるからです。とはいえ、利用者が増えるほどプラットフォームの価値が高まる「ネットワーク効果」は、依然として強力なモート(参入障壁)であり続けます。それに加えて、スタートアップは次のような領域で参入障壁を築くことができます。 規制・コンプライアンス対応: 企業が外部に委ねたいのは、中核ではない業務だけではありません。それに伴う「責任」そのもの(会計、法務、コンプライアンス、セキュリティ、保険)を手放したいのです。 バーティカルソフトウェア: 業種特化型ソフトウェア市場を汎用的な基盤モデルが侵食するのは、はるかに難しいでしょう。深い業界知識、ニッチな業務フローへの理解、そして複雑なレガシーシステムとの連携が求められるからです。 ハードウェアと独自データ: 物理的な接点と、厳格に管理されて外部に出てこない独自データへのアクセスは、後発が切り崩すのが極めて困難です。 オーケストレーション層: 企業は、自らの将来を自分たちで握りたいと考え、単一の基盤モデルに縛られることを避けようとします。複数のモデルにまたがってタスクとコストを束ね、振り分け、調整するオーケストレーション層には、大きな価値が積み上がっていきます(このオーケストレーション層を手がける米国のスタートアップFactoryに私たちが投資した背景も、まさにここにあります)。基盤モデルだけに頼ると高くつきますし、最先端の利用の多くは、今のところ各社が採算度外視で安く提供しているのが実情です。業界が実際に利益を出さなければならなくなれば、価格は上がります。そのとき、コストを抑えつつモデルへの依存を減らすレイヤーの価値も、それに伴って高まっていくはずです。...

言語の壁が消えた。それは脅威か、それとも機会か

about 1 month ago

参入障壁は、消えつつあります。スタートアップの世界では長らく、日本市場には「自然な防波堤」があると信じられてきました。言語の壁、商習慣の特殊性、規制の複雑さ。海外のプロダクトが日本に来るには、相当なローカライズコストと時間がかかる。だから国内のスタートアップは、その防波堤の内側で事業を育てる時間を持てた。少なくともそういう前提で、多くの人がビジネスを設計し、投資家が投資判断を下してきました。その前提が、静かに崩れています。Coral CapitalのYouTubeチャンネルでは、6月17日に「AI時代のスタートアップ業界」をテーマにしたトークセッションの動画を公開しました。登壇したのは、Coreline Ventures・SBIインベストメント・ainの3社のベンチャーキャピタリストたちです。その中で、Coreline Venturesの原健一郎さんが端的に表現していました。「日本版をやろうと言っていたのが、本家がそのまま来てしまうのが増える」と。これは単なるトレンドの話ではなく、日本のスタートアップエコシステムのディフェンス前提が崩れつつあるということです。 「日本版をやろう」の時代は終わった AIによって翻訳コストが事実上ゼロになり、プロダクトのローカライズにかかる工数が激減し、採用もリモートで国境をまたいで進められる。シリーズAやBの段階から、アメリカのスタートアップが日本市場を最初から射程に入れて動き始めています。OpenAIもAnthropicも、早々に日本オフィスを構えました。Salesforceが日本で大きな成功を収めてきたという実績もある。AIによって参入コストが下がった今、「日本版をやろう」と探していた会社が、「本家がそのまま来る」に変わる。原さんの見立てです。もちろん、すべての領域の障壁が一夜にして消えるわけではありません。税制や労働法規に深く絡む会計・人事系のソフトウェアには、まだ相応の摩擦が残っています。しかし「今は障壁がある」という観測と、「今後もその障壁が持続する」という確信は、まったく別の判断です。障壁がいつ消えるかではなく、障壁が消えた後に何が残るかを設計する。それが今、日本のスタートアップに突きつけられている問いです。競合は国内にいるという前提で市場を見ていると、ある日突然、財布の規模が桁違いの海外プレイヤーが採用市場にも顧客市場にも同時に現れる。原さんが率直に口にしていたのは、投資先の採用競合になることへの懸念です。調達額が大きければ報酬条件も変わる。同じ土俵で戦おうとすること自体、ハンディキャップを背負うことになります。 AIが変える、採用の方程式 海外プレイヤーとの競争は、顧客獲得より先に採用市場で始まるかもしれません。だからこそ、参入障壁の議論以上に重要なのが、人材とキャリアの変化です。ainの水本尚宏さんが言っていたフレームは、シンプルですが鋭い。「払える総人件費は一緒。1000万円の人を10人雇うか、5000万円の人を2人雇うか」。AIが組織に浸透すれば、同じ人件費の総枠の中で企業はより少ない人数でより大きな成果を出そうとする。その結果として、「コモンなスキルを持つ人材10人」より「希少な判断力を持つ人材2人」を選ぶ方向に、採用の重心が移っていく。Coralでも最近、採用プロセスにひとつルールを加えました。「人を採用する前に、まずなぜAIでできないのかを書く」というものです。最初は採用コストを抑えるためのオペレーション上の工夫として導入したのですが、実際にやってみると、これは組織が本当に必要としている仕事の輪郭を問い直す作業でもありました。AIで代替できない仕事が何かを先に定義する。その問いを立てるだけで、採用の基準が根本から変わります。SBIインベストメントの加藤由紀子さんも、SBIグループ全体として来年から採用を大幅に絞ると話していました。これは一社の話ではなく、大企業全体に広がるトレンドの予兆だと見ています。今求められているのは「AIが使える人」でも「AIに代替されない人」でもない、と水本さんは言います。AIを手足として使いながら、AIには下せない判断を積み重ねられる人です。「希少な人材ほど教師データも少ない」という水本さんの言葉は、核心を突いています。多くの人がやっている仕事ほどAIに代替されやすく、誰もやっていない仕事ほどAIが苦手とする。希少性とは、その人の判断や経験が学習データとして薄い領域にあるということです。 「次のトヨタ」を作る人材はどこにいるのか 私はずっと悔しいと思っていることがあります。日本からはまだ、トヨタやソニーに匹敵する数兆円のスタートアップが生まれていません。数千億の会社は出始めている。しかし数兆円はまだです。Coralが投資したいの???、次の時代のソニーやトヨタを作ろうとしている創業者たちです。その壁を越えるために何が必要かを考えると、どうしても人材の話に行き着きます。加藤さんが指摘していたのは、ディープテック領域における経営人材の決定的な不足です。研究者やエンジニアが技術シーズを持って創業するケースは増えている。しかし、その技術を事業としてスケールさせるために必要な、技術もわかってマネジメントもできる人材が圧倒的に足りない。その根にあるのは、水本さんが指摘した終身雇用の問題です。日本の大手メーカーや大企業に在籍する優秀なエンジニアが、スタートアップに来ない。興味がないわけではない。出たら戻りにくい、戻ってきたときに不利になる、というカルチャーが残っているから動けない。その結果、ディープテック系のスタートアップではエンジニアの半数が海外国籍という会社が珍しくなくなっています。日本の技術基盤を使って、日本のスタートアップが世界と戦おうとしているのに、その担い手が日本人でないという皮肉な構図です。見落とされているのは、日本にはすでに世界と戦える産業基盤があるという事実です。半導体材料、ロボティクス、精密製造。日本は消費者からは見えにくいサプライチェーンの奥深くで、世界の産業インフラの物理レイヤーを長年支えてきました。能力がないのではありません。その能力を起点にグローバルへ打って出ようとする起業家が、まだ少なすぎるのです。一方で、希望を感じる変化もあります。水本さんが指摘していた通り、役職定年を迎えた55歳前後のシニアエンジニアがスタートアップに飛び込むケースが増えています。大手で平役に戻るくらいなら、という動機です。以前にも書きましたが、日本人の健康寿命は世界最高水準で約73歳。55歳で飛び込んでも、なお15年以上のキャリアが残っています。かつて韓国と中国の産業が早く立ち上がった背景のひとつに、定年退職した日本人エンジニアの存在があったという話は、悔しいですが事実です。その人材を今度は日本国内で活かせるなら、それは本物の構造変化だと思っています。AIが壊したのは言語の壁だけではありません。「まず日本で成功してから海外へ」という順番そのものです。日本のスタートアップは、防波堤の内側ではなく、最初から世界市場の入り口に立っています。日本の産業基盤を武器に、グローバルを前提として事業を設計する。国内市場はゴールではなく、出発点です。課題の多さは否定しません。ただ私は、日本がこの局面で本物の勝機を持っている国だと確信しています。Coral CapitalのYouTubeで公開した動画には、ここでは触れられなかった論点がまだあります。AIプロダクトの売上をどう読むか、どの領域にチャンスがあるか、人材としてどこに賭けるか。ベンチャーキャピタリストたちが見る「AI時代の景色」の全編は、ぜひ動画でご覧ください。

Andurilとともに、日本を未来へ進める

about 1 month ago

2026年5月13日、Andurilは50億ドル(約7950億円)のシリーズHラウンドの資金調達を発表しました。評価額は610億ドル(約9.7兆円)で、Andreessen Horowitz(a16z)とThrive Capitalが共同リードを務めました。私たちCoral Capitalもこのラウンドに参加しています。これは防衛テック分野で過去最大級の民間によるファイナンスであり、私たちの見立てでは、80年に及ぶ日米同盟の歩みの中でも、戦略的に最も重要な瞬間の一つです。 Coralのミッションと、Andurilがその一翼を担う理由 Coralのミッションは、次世代の日本を作っていく企業と組むことです。一見すると、Andurilはそれに当てはまらないように見えるかもしれません。Andurilはパルマー・ラッキー、ブライアン・シンプフ、トレイ・スティーブンスの3人がコスタメサで創業した防衛テック企業です。自律型戦闘機、水中ドローン、対無人航空機システム、そして「Lattice」と呼ばれるAI指揮統制プラットフォームを開発しています。ぱっと見では、日本との接点は感じられない事業ばかりです。しかし、Andurilが実際に何で出来ているかを覗いてみると、見え方は変わります。2025年12月、私たちは東京で開催されたAndurilの日本ローンチイベントに参加しました。会場には数十社の日本企業がおり、その多くはすでにAndurilのサプライヤーでした。これらの企業は、防衛サプライチェーンに新規参入しようとしていたのではありません。すでに長年、その当事者だったのです。ただ、この業界の外にいる人たちの大半は、そのことに気づいていなかっただけです。実際このイベントで、パルマー・ラッキーは「キズナ」ドローン、すなわち日本製コンポーネントだけで作られた製品を披露しました。製造工程はすべて日本。ブランド、アーキテクチャ、ソフトウェアはアメリカ、物理的なコンポーネントはすべて日本製です。パルマー氏は率直にこう語りました。「日本は、すべてを自国だけで完結できる数少ない国の一つです」と。 日本がサプライチェーンの深部で世界を支えているという実態については、今年の初めにも書きました。これはキズナにとどまる話ではないのです。ハードウェア、ドローン、衛星、自律システムを大規模に作っているなら、そのサプライチェーンのどこかにほぼ間違いなく日本があります。ソニー1社だけで、CMOSイメージセンサーの世界市場の50%近くに達しようとしています。CMOSイメージセンサーは、現代のほぼすべてのドローン、スマートフォン、ADAS(先進運転支援システム)に搭載されているカメラの心臓部です。東レは、ボーイング787とエアバスA350の主要構造に使われる炭素繊維(カーボンファイバー)を供給しており、日本企業全体で航空宇宙グレード炭素繊維の世界供給の50〜60%を握っているとみられています。日本はすでに、Andurilの事業に不可欠な役割を果たしてきました。しかし、これから始まる次のフェーズは、日本にとってとりわけ重要な意味を持ちます。 日本で、日本のために作る Andurilの12月の発表は、単に営業拠点を構えるという話ではありませんでした。パルマー氏は、日本に数億ドルから数十億ドル規模を投資する計画を発表しました。同社が掲げた優先4領域は、統合防空・ミサイル防衛、スケーラブルな量産、海上自律システム、そして人間と機械の協働です。3月には、Andurilプレジデントのクリスチャン・ブローズ氏がジャパンタイムズに対し、同社が日本で「Arsenal J」(日本版の主力製造拠点)構想を検討中であると明かしました。これは、同社がオハイオ州で進める500万平方フィート(約46万平方メートル)のハイパースケール製造施設をモデルにしたものです。Anduril Japanのトップには、パトリック・ホーレン氏が就任しました。マンスフィールド・フェロー(日米の政策実務交流プログラム)出身で、米防衛企業レイセオンの元幹部、米海軍で30年のキャリアを持つ人物です。パトリック氏には稀有な強みがあります。日米同盟の両側に深く根ざした実務感覚です。マンスフィールド・フェローシップを通じて日本に住み、日本語を学び、防衛省、国会、内閣府に席を置いて、日本の安全保障政策が実際にどう作られているかを内側から見てきました。Andurilに加わる前は、インド太平洋を軸にキャリアを積んできました。米海軍の国際案件を担当する国際プログラム室(Navy International...

なぜ次の太陽光戦争を制するのは、中国ではなく日本なのか

3 months ago

過去10年間、クリーンエネルギーの合言葉は「太陽光に切り替えよう」でした。パネルは安価で、いまもなお安くなり続けており、CO2削減のメリットも明白です。しかし、この流れと一緒に語られることがほとんどない不都合な真実があります。いま太陽光に切り替えるとは、すなわち中国製を選ぶことを意味します。中国は太陽光発電の製造能力で、川上から川下まで世界全体の約80%を握っています。さらに上流に目を向けると、この状況はもっと際立っています。太陽光パネルの原料となるポリシリコンで83%、それを薄板に加工したウェハで97%、なかでも新疆ウイグル自治区だけで、世界のポリシリコンの約40%を占めています。従来型の太陽光パネルは全て、原料をたどれば中国製なのです。エネルギー転換は、産油国からの解放として喧伝されてきました。しかし実態は、依存先の入れ替えに近いものです。ロシアのガスとホルムズ海峡の石油から、新疆のシリコンへ。今春のホルムズ海峡封鎖は、この入れ替えがいかに分の悪い取引かを浮き彫りにしました。世界の石油流通量の約20%が止まり、国際エネルギー機関(IEA)はこれを「史上最大の世界的エネルギー安全保障上の課題」と位置づけています。輸入国の外務省が一様に痛感した教訓は、明白なものでした。不安定で信頼できない地域のチョークポイントにエネルギー供給を集中させるのは、2度と繰り返してはいけない類いの戦略的な誤りだ、と。日本の状況は、さらに深刻です。原油輸入の95%が中東からで、その80%がホルムズ海峡を通過してきています。エネルギー自給率はわずか13%にとどまります。8,000km離れた1本の海峡が、世界第4位の経済大国の息の根を止めかねません。エネルギー転換の本来の目的は、こうした脆弱性から脱することであり、依存先を別の場所に移すことではないはずです。ホルムズ海峡の石油を新疆のシリコンに置き換えても、問題の解決にはなりません。別のチョークポイントを選んでいるだけなのです。かつて日本は、太陽光の覇者でした。2004年、世界の太陽光パネルの半分以上は日本製でした。シャープ、三洋電機、京セラ、パナソニックが業界を牽引していました。1985年から2007年にかけて、日本の研究者が出願した太陽光関連特許の数は、米国と欧州を合わせた数の2倍以上にのぼります。しかし、補助金が打ち切られ、中国の国家主導による大規模生産が始まり、15年も経たないうちに日本の量産メーカーは市場から撤退しました。第一次太陽光戦争は、敗北に終わりました。ところが、第二次太陽光戦争が静かに始まりつつあります。太陽電池をつくる方法は、もう一つあるのです。そしてその方法では、日本に構造的な優位性があります。 ペロブスカイトという選択肢 ペロブスカイトは、有用な性質を2つ備えた結晶材料です。1つ目は、インクのように塗布できる点です。シリコンが半導体の製造工場(ファブ)を必要とするのに対し、ペロブスカイトはフィルム、ガラス、曲面に対し、ロール・トゥ・ロール方式(ロール状のフィルムに連続塗工する印刷工程)で製造できます。2つ目は、すでに技術的に競争力があることです。太陽光発電の性能は、受けた光エネルギーのうち何%を電気に変えられるかを示す「変換効率」で測ります。ペロブスカイト単体のセルでも変換効率は27.3%に達し、シリコンと2層に重ねたタンデム型では35.0%にも達しました。商用シリコンを優に上回る水準です。太陽光発電は、これまでパネルが届かなかった場所にも展開できるようになりました。渋谷のオフィスタワーの外壁。バスターミナルの曲面屋根。ガラスモジュールの重量に耐えられない体育館。ペロブスカイトフィルムは、従来型パネルのおよそ10分の1の重さしかありません。これは日本にとって、とりわけ有用です。日本は山がちで人口密度が高く、メガソーラーを設置できる平地は限られています。一方で豊富にあるのは垂直な表面、つまり大量の建物です。シリコンとは相性の悪かった地形が、ペロブスカイトにはほぼ完璧に合うのです。 日本が握る上流サプライチェーン ペロブスカイトセルの中核には、ハロゲン化物と呼ばれる化合物群、典型的にはヨウ化メチルアンモニウム鉛が使われます。つまり、ここで鍵となる原料はヨウ素です。現在、世界のヨウ素生産の約59%(2024年で約26,000トン)はチリが占めており、アタカマの地下かん水(塩分を多く含む地下水)から採取しています。日本は約30%で2位、千葉県の地下かん水から回収しています。しかし、本当に効いてくるのは生産量ではありません。世界の埋蔵量を見てみましょう。 出典: USGS Mineral Commodity Summaries; Statista. 日本は、世界のヨウ素埋蔵量の79%を保有しながら、供給量では30%しか担っていません。これらの鉱床のほぼすべてが、日本列島の地下にあります。日本は天然資源に乏しいと言われますが、ヨウ素は数少ない例外です。しかも、世界トップクラスの埋蔵量を誇ります。いわば、地質というディーラーが、今回、日本に最高の手札であるロイヤルフラッシュを配ったようなものです。...

SpaceX出身の起業家はなぜ核燃料を作るのか

3 months ago

「Omakase(おまかせ)」は、いまや世界でも通じる言葉になりました。シェフがすべてを決め、あとは委ねるだけ。今回から、私が尊敬する人物と東京でおまかせをいただきながら対談するシリーズを始めます。会話の行き先はあえて決めていません。初回のゲストはScott Nolanです。彼はSpaceXの約30人目の社員として入社し、MerlinエンジンシステムやDragonカプセルの開発に携わりました。その後、Founders Fundで10年以上にわたり、Anduril、Radiant、Crusoe Energyといった企業に投資してきました。そして2023年、アメリカの核燃料の供給ギャップを解決する企業を1年かけて探したものの見つからず、自ら起業しました。それがGeneral Matterです。Scottと私は長年の知り合いです。Founders Fundは、私たちがまだ小さなチームで、日本に対して大きな仮説を持っていた頃に、Coral CapitalのLPとして最初に手を挙げてくれた一社でした。だから彼が何を作っているかを話してくれたとき、私は真剣に耳を傾けました。そしてサプライチェーンの話を聞くうちに、これはアメリカだけの問題ではなく、日本の問題でもあると気づいたのです。アメリカはかつて、世界のウラン濃縮の86%を担っていました。しかし現在では、その数字はほぼゼロにまで落ち込みました。国内最後の濃縮施設はケンタッキー州パデューカにありましたが、2013年に閉鎖されました。ロシアがその空白を埋め、現在は約50%を占めています。残りはヨーロッパが担っています。そして中国は急速に拡大しており、今後10年で世界シェア30%に達すると予測されています。ここで日本に目を向けてみましょう。2011年の震災後、日本は50基すべての原子炉を停止しました。現在は14〜15基が再稼働し、電源構成の約8???9%を占めています。政府は2030年までにこれを20%まで引き上げる目標を掲げています。日本は現在、濃縮ウランのほぼすべてをフランスや欧州のコンソーシアムから輸入しています。ウクライナ戦争以降、ロシアからの輸入は完全に停止しました。つまり日本は再び、重要なエネルギー資源を単一地域に依存する構造に戻っています。この構図には、見覚えがあるはずです。エネルギー供給を単一地域に依存する構造は、1941年のアメリカ依存、1970年代の中東依存と繰り返されてきました。そして現在、ホルムズ海峡が脅かされる中、日本の石油輸入の70%がリスクにさらされています。エネルギー安全保障は、抽象的な概念ではありません。日本経済はこれまで何度も、その現実を突きつけられてきました。だからこそ、General Matterは日本にとって無視できない存在です。2026年1月、General Matterは米国エネルギー省から、次世代原子炉に必要な燃料であるHALEU(高純度低濃縮ウラン)を生産するための、9億ドル(約1,429億円)規模のマイルストーン契約を獲得しました。そしてこの対話の直前には、今後10年間にわたり日本の電力会社が米国産濃縮ウランを購入するための資金として、米国輸出入銀行から24億ドル(約3,810億円)の関心表明(Letter of Interest)を受けたことを発表しました。この合意は東京で開催されたインド太平洋エネルギー安全保障閣僚会合で発表されました。ScottはGeneral Matterの最初の施設を、アメリカが最後にウラン濃縮を行ったパデューカの跡地に建設しています。チームはSpaceX、Tesla、Anduril、国立研究所、そして原子力産業の出身者で構成されています。ピーター・ティールも取締役として参加していますが、彼が取締役に加わることは、極めて稀です。今回のエピソードでは、以下の点について話しています...

日本のアポロ計画──ダイヤモンド半導体という挑戦

3 months ago

アポロ計画の本質は、月に行くことではありませんでした。月を目指す過程で生まれた材料科学、コンピューティング、通信、製造技術における画期的な進歩が、最後の宇宙飛行士が帰還した後も数十年にわたって社会と暮らしを一変させました。ミッションこそが、これらの革命的技術を生み出す触媒でした。いま日本で、これとよく似たことが起きています。きっかけは、この国が経験した未曾有の原発事故でした。 メルトダウンした炉内で失われた「目」 2011年3月11日、マグニチュード9.0の地震と津波が、福島第一原子力発電所で3基の炉心溶融(メルトダウン)を引き起こしました。チェルノブイリ以来最悪の原子力事故です。しかし、あまり注目されなかった「第二の危機」がありました。原子炉内部のセンサー、監視回路、あらゆる電子機器が壊滅したのです。地震や津波によってではなく、その後に発生した熱と放射線によって。現代の電子機器のほぼすべてを支えるシリコンは、そうした条件下では機能しません。作業員たちは、救おうとしている原子炉の内部で何が起きているのか、ほとんどデータを得られないまま、最も危険な局面に立ち向かわざるを得ませんでした。 その電子機器の「失明」状態は、今日に至るまで続いています。進展はあったものの、このような過酷な環境での計測は依然として大きな制約を受けています。損傷した原子炉の内部には、880トン以上の燃料デブリ(溶融した核燃料や炉内構造物が冷えて固まった塊)が残ったままです。この残骸を安全に取り出すという史上最も技術的に困難な廃炉作業は、過酷な炉内環境でも機能する計器を開発し、取り出しに必要なデータを収集できるようになるまで前進できません。これは従来の電子機器では、今もなおできないことです。こうした状況が、一つの問いを生み出しました。この環境に耐えられる素材は、存在するのか──。 誰も実用化できなかった究極の半導体素材 その答えがダイヤモンドであることは、研究者たちの間では数十年前から知られていました。宝石としてではなく、半導体材料としてのダイヤモンドです。ダイヤモンドは、これまで知られているあらゆる材料の中で最高クラスの熱伝導率を持ちます。極めて高い電圧を最小限の電力損失で処理でき、シリコンの限界をはるかに超える温度でも動作します。従来の電子機器を数秒で破壊する放射線も、ダイヤモンドへの影響ははるかに小さいのです。ダイヤモンドは、究極の半導体です。スマートフォンに入っている情報処理用の半導体ではなく、電力を変換し、増幅し、制御するパワー・アナログ半導体の究極形です。こうしたパワー・アナログ半導体は、電気自動車からレーダーシステム、通信インフラに至るまで、あらゆるものに組み込まれています。しかし、「ダイヤモンドが機能するはず」と知ることと、実際にダイヤモンド半導体デバイスを作ることの間には、巨大なギャップがあります。30年以上にわたり、世界中の研究室が理想的な条件下で目覚ましい成果を出してきました。関係者の間で「チャンピオンデータ」と呼ばれる、最高条件での実験値です。しかし、実用規模で安定的に製造できる技術は生まれませんでした。科学的には証明されていたのに、工学が追いついていなかったのです。福島の事故が、このギャップを埋める契機となりました。一つの制約条件が課されたことで、分野全体の進路そのものが変わったのです。 すべてを変えた制約条件 福島の事故後、日本政府は一つの明確な目的を掲げた国家研究プロジェクトを立ち上げました。損傷した原子炉の内部でも動作する半導体デバイスを開発することです。具体的には、ロボットアームの先端に取り付けられるほど小型の中性子検出器を開発し、原子炉容器の狭い貫通孔を通して炉内に挿入し、燃料デブリ付近の中性子量を測定する。その目的は、核分裂の連鎖反応が制御不能になる「再臨界」のリスクがあるかどうかを判定することでした。このプロジェクトには、日本を代表する研究機関が結集しました。産業技術総合研究所(AIST)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、物質・材料研究機構(NIMS)、北海道大学。その中心にいたのが、キャリアをダイヤモンド研究に捧げてきた2人の研究者です。北海道大学の金子純一氏(JAEAの廃炉センターの客員研究員も兼務)。そして産総研の梅沢仁氏は、ダイヤモンド半導体に関する唯一の教科書とも言える著作があり、この分野で世界的に最も引用されている研究者の一人です。 北海道大学の金子純一氏(出典:Hama Tech Channel) しかし、このプロジェクトの方向性を決定づけたのは、チームの実力だけではありません。彼らに課されたミッションの本質が、すべてを変えました。学術研究では、理想条件下で最高の結果を出し、論文を発表し、次へ進むことが求められます。廃炉プロジェクトで求められたのは、まったく逆のことでした。これらのデバイスは、地球上で最も過酷な環境で、安定して、繰り返し動作しなければなりません。問いは「理論上、何を達成できるか」ではなく、「失敗が核の連鎖反応を意味しかねない状況で、信頼に足るほど安定的に製造できるか」でした。ピーク性能の追求から歩留まり(製造の安定性・成功率)の最適化。この転換が、決定的な洞察となりました。素材が「機能する」ことの証明と、それを「安定的に生産できる」ことの証明は、まったく別の話です。この転換が、世界中のダイヤモンド半導体研究に対して、日本チームに本質的な優位性をもたらしました。他のほぼすべてのプロジェクトは、製造の現実ではなく、実験室でのベンチマークに向けられたままだったからです。...

日本の「再軍備」が意味すること

4 months ago

1543年、ポルトガルの商人が種子島に漂着し、日本に鉄砲を伝えました。日本人はこの技術に魅了され、ただちに自国での銃の製造に着手します。設計を急速に改良し、1600年頃には世界で最も多く、かつ優れた銃を保有する国になっていました。ところが徳川幕府は、驚くべき決断を下します。銃の生産を一部の都市に限定して政府の許可制とし、最終的には実用的な銃器をほぼ完全に排除したのです。日本は自国の軍事産業能力を、自らの手で封じることを選びました。この政策は250年間続きました。1853年、ペリー提督率いる黒船が浦賀沖に現れ、幕府に開国を迫りました。日本には2つの選択肢がありました。近代化するか、アジアの他の国々のように植民地化されるかです。日本は近代化を選び、世界を驚かせるスピードでそれを実行しました。明治政府は封建制度を解体し、西洋式の造船所や兵器工場を建設しました。プロイセンの軍事戦術やイギリスの海軍技術を学ぶために使節団を派遣し、国家の標語として次の言葉を掲げました。「富国強兵」この言葉は、同時に国家戦略そのものでした。日本は15年足らずで西洋の産業モデルに追いつきました。1905年には日本海海戦でロシア艦隊を撃破。近代史において、アジアの国がヨーロッパの列強を打ち破ったのはこれが初めてでした。開国を強いられてから、わずか50年で列強の仲間入りを果たしました。これほど急速に工業化を成し遂げた国は他にありません。 ペリー提督の艦隊出典:Wikimedia そして歴史は繰り返します。1946年、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)はわずか1週間余りで憲法草案(いわゆるGHQ草案)を書き上げました。第9条は戦争を放棄するものでした。日本は再び、自らの軍事産業のポテンシャルを封じる国となりました。ただし今回は、完全に日本自身の選択ではありません。ルールを書いたのはアメリカでした。しかしその後、アメリカは方針を転換します。歴史学者ジョン・ダワーが著書『敗北を抱きしめて』で記録したように、朝鮮戦争が勃発する前から、ワシントンはすでに日本に軍の再建を迫っていました。冷戦の時代に、平和主義は都合が悪くなったのです。ダワーはこれを「逆コース」と呼んでいます。日本を非武装化したアメリカが、一転して再軍備を求めたからです。日本はある程度まで従いました。1954年に自衛隊を創設し、精強な防衛力を整備し、太平洋におけるアメリカの安全保障体制の要となりました。しかし、明確な一線は守り続けました。日本は自国の領土を防衛するが、海外に武力を展開することはしない。そして武器輸出国にはならない、と。その一方で、日本の優秀なエンジニアたちは民間産業に流れ込みました。戦後世代は、軍服を着た戦時世代が成し遂げられなかったことを、背広を着て達成しようとしたのです。その成功は誰の予想をも超えるものでした。そして日本の戦後の経済成長を象徴する企業の多くは、実は軍事にルーツを持っています。しかし、その事実は今ではほとんど知られていません。CoralのLP投資家でもあるニコンは潜水艦の潜望鏡や戦艦大和の15メートル測距儀を製造していましたが、カメラメーカーに転身しました。中島飛行機は日本最大の戦時航空機メーカーとして約2万6,000機を生産しましたが、占領軍によって解体された後、富士重工業として再生し、やがてスバルとなりました。こうした例は枚挙にいとまがありません。エンジニアリングのDNAは変わらず、製品だけが変わったのです。 戦艦大和出典:Wikimedia 3月初め、私はCoralのLP投資家でもある第一生命保険を訪れました。多くの人が知らずにロビーを通り過ぎますが、ここは1945年にマッカーサーがGHQを設置した場所です。若いスタッフたちがわずか1週間余りで第9条を含む憲法草案を書き上げた場所でもあります。訪問時には、当時のまま保存されている「マッカーサー記念室」を見学させてもらいました。80年後の今、まさにこの部屋で憲法が書かれた国が、今その憲法を書き換えようとしています。2月25日、日本の与党連合は戦後長らく続いた武器輸出規制の撤廃で合意しました。護衛艦、迎撃ミサイ???、戦闘機を含む防衛装備品の輸出が可能となります。政府は数週間以内に防衛装備移転三原則(武器輸出に関する基本方針)の運用指針を正式に改定する方針です。間違いなく、日本は再軍備に向かっています。しかし、多くの人が見落としている点があります。 日本は「追いつこうとしている」のではない 欧米では、これを日本が他国に「追いつこうとしている」と描く向きがあります。しかし日本はゼロからスタートするわけではありません。2025年11月にはすでにパトリオットミサイルをアメリカに移転しています。オーストラリアは水上戦闘艦プログラムに「もがみ型護衛艦」を選定しました。フィリピンは日本の防空システム導入を検討中です。2025年には、アメリカ海軍が極超音速ミサイル計画と水上戦闘艦「コンステレーション級フリゲート」の計画を中止しました。その両方で、日本の技術が代替候補となっています。変わったのは能力ではありません。許可です。日本の防衛予算は今年度11兆円に達し、NATO(北大西洋条約機構)が掲げるGDP比2%の基準を予定より2年早く達成しました。防衛は現在、日本の成長戦略における17の戦略分野の1つに指定されています。防衛装備庁(ATLA)は2月27日、スタートアップの技術を防衛装備品に迅速活用することを目的とした「ファストパス調達」を発表しました。そしておそらく最も重要なのは、2月の選挙で自民党が衆議院で316議席を獲得したことです。戦後の日本の選挙史上、単独政党として最多の議席であり、憲法改正を発議するために必要な3分の2のラインを超えています。自民党と日本維新の会の憲法改正委員会は、1946年にGHQのもとで起草された第9条について、改正案の作成を進めています。その中心にあるのは、自衛隊を憲法に明記することです。参議院での議決と国民投票というハードルは残りますが、方向性は明白です。予算、輸出政策、調達制度、そして憲法の枠組みそのもの。あらゆるピースが同時に動いています。 高市首相、東京でトランプ米大統領と会談出典:NHK しかし本当のストーリーは、日本が防衛産業をゼロから構築するという話ではありません。日本がすでに持っている防衛能力を輸出するという話です。同盟国が何年も前から、水面下でその能力に依存してきた事実があります。 あなたが知らない日本の防衛産業 2025年12月、私は米国の防衛テック企業Andurilの日本ローンチイベントに参加しました。そこで驚いたのは、日本企業が数十社参加していたことです。その多くがすでにAndurilのサ???ライヤーでした。防衛サプライチェーンに参入しようとしている企業ではなく、すでにその一部だったのです。それも何年も前から。業界の外にいる人のほとんどが気づかないまま。イベントで、創業者のパルマー・ラッキーは「キズナ」と名付けられたドローンを披露しました。すべて日本製の部品で作られています。中国製パーツはゼロ。東芝のバッテリー、日本製の精密モーター、製造工程もすべて日本です。ラッキーはこう断言しました。「すべてを自国だけで賄える国は、世界でも日本くらいだ」。このドローンはブランドとソフトウェアはアメリカですが、物理的な部品はすべて日本製です。そしてラッキーは、さらなる野心を明かしました。「次は日本の部品でアメリカ向けシステムを作るだけではない。日本で、日本のためのシステムを作ることだ」と。 出典:Anduril...

アメリカのロボットの中身は、日本製だらけだ

5 months ago

この20年間、欧米がデジタル化に邁進していた頃(Marc Andreessenの有名な言葉を借りれば「ソフトウェアが世界を飲み込む」時代)、日本はアトム(原子=物理世界)を磨き上げていました。日本が注力したのは「ものづくり」、とりわけ地味ながらも高い利益率を誇る精密モーションコントロールという領域です。その結果、グローバルなロボティクスの技術スタックにおいて、ほとんどの投資家がまだ十分に織り込めていない構造的な非対称性が生まれました。アメリカはニューラルネットワークを支配しています。しかし日本は、神経系を支配しているのです。アメリカが本当に求めているのが、X/Twitterでの5分間のデモではなく、工場で1万時間の稼働サイクルに耐えうる実用的なロボットであるならば、日本こそがその救世主です。 アトム vs. ビット ソフトウェアの世界では、限界費用はほぼゼロに近づきます。コードを一度書けば、一夜にして10億人のユーザーに届けることができます。間違いがあっても大したことはありません。パッチを当てればいいだけです。この「Move fast and break things(素早く動いて壊せ)」という哲学こそ、アメリカのイノベーションを駆動するエンジンなのです。しかしロボティクスの世界では、物理法則には逆らえません。人間の作業員の頭上で50kgの荷重を支える減速機のギアに「ベータ版」は存在しません。もしそれが壊れても、アプリがクラッシュするわけではありません。骨が折れるのです。ヒューマノイドロボットのボディは、相反する制約がせめぎ合う設計者泣かせの難題です。強靭でありながら軽量。驚異的なスピードと、1ミリ以下の精度。膨大な発熱を放散しながら、自らのバッテリーを焼き尽くさない。そしてこれを、疲労なく数百万回繰り返さなければなりません。ここに日本の真価があります。それは単なる知的財産による参入障壁ではありません。もちろん知財も豊富にありますが、本質はプロセスによる参入障壁です。暗黙知の蓄積、つまり特定の合金が熱処理にどう反応するかを正確に知るエンジニアの手の感覚、ハーモニックドライブ(歯車の隙間をなくし、精密な動作を実現する機構)が-10℃で焼き付くのを防ぐために必要なグリースの粘度を寸分たがわず把握している、そうした経験の集積なのです。 1万時間の信頼性の崖 ヒューマノイドロボットの熱狂において、最も大きな誤解はデモと実運用の違いです。あらかじめプログラムされた映像の中で見事に踊るロボットは、「短時間ピーク性能」の下で動作しています。数分間、モーターとギアを限界まで酷使します。しかし、産業顧客が買うのはデモではありません。稼働時間です。自動車工場は24時間稼働しています。そのラインに投入されるロボットには、5,000時間から1万時間の平均故障間隔(MTBF)が求められるのです。これが「信頼性の崖」です。ソフトウェアファーストのエコシステムから参入した企業の多く、そして低コストの中国製クローンの多くは、1,000時間あたりでこの崖から転落します。ギアにバックラッシュ(歯車のかみ合わせの遊び)が生じ、潤滑剤が劣化し、位置決め精度がドリフトしていくのです。ハーモニック・ドライブ・システムズやナブテスコといった日本企業は、50年にわたってこれらの問題を解決してきました。トライボロジー(摩擦学)、冶金学、熱処理の奥義を極めてきたのです。精密減速機について考えてみましょう。それはロボット関節の心臓部です。モーターの高速・低トルク出力を、腕を持ち上げるために必要な低速・高トルクの運動に変換します。標準的なギアボックスにはバックラッシュ、すなわちギアの歯と歯の間のわずかな隙間があります。自動車であれば、これは問題になりません。しかしロボットでは、股関節におけるごくわずかな隙間が、手先では巨大な振れとなって増幅されます。機械的なガタをソフトウェアで効率的に補正することはできません。高度なAIやニューラルネットワークで微小なギアの振れを動的に補正しようとしても、こうした物理的な不完全性を常に計算し補正し続けることは、膨大な演算能力とバッテリー寿命を消耗させるでしょう。日本製の減速機は、波動歯車(ハーモニック・ドライブ・システムズが代表する技術)とサイクロイド歯車(ナブテスコが代表する技術)を用いて精密動作に不可欠なゼロバックラッシュを実現しています。これは単純にリバースエンジニアリングできる技術ではありません。『7...

なぜ北海道は「新しい台湾」なのか

5 months ago

日本は30年前に半導体戦争に敗れた。それは、長らく疑われることなく共有されてきた通説です。シリコンバレーから深センに至るまで、世界中の会議室で繰り返されてきた定説はこうです。1980年代、日本はワシントンを震撼させた「工業超大国」だった。しかし2000年代には、プラザ合意の余波と組織の硬直化に押しつぶされ、デジタル時代の波に乗り遅れた。韓国と台湾に市場を奪われ、日本は「ガラパゴス」になった。孤立し、奇妙で、もはや時代遅れの存在。1991年のバブル崩壊とともに日本のテクノロジー覇権の太陽は沈んだ。残されたのは、陳腐化しつつある巨大ハードウェア企業の博物館だけだ、という見方です。しかし、この物語には続きがあります。日本はどこにも消えていません。ただ、サプライチェーンの奥深くへと後退しただけだったのです。世界が「誰がチップを設計しているか(シリコンバレー)」や「誰がそれを製造しているか(台湾)」に注目している間、日本は静かに、半導体を成立させるために不可欠な「ブラックボックス技術」の市場を押さえていきました。現在、日本製のフォトレジスト、ウェハ切断装置、マスク検査装置なしに最先端チップを製造することは不可能です。日本は負けたのではありません。特化したのです。最終組立という低マージンの栄光を手放し、高マージンで代替のきかない「ものづくり」の覇権を選びました。これは日本が「追いついている」という話ではありません。機会についての話です。地政学的な追い風、エネルギーにおける優位性の活用、そして日本政府の認識の変化が重なり、大きな構造転換が起き得る条件が整いました。その帰結として浮かび上がってくるのが、「北海道は新しい台湾になり得る」という仮説で???。その中心に位置づけられるのが「Rapidus(ラピダス)」と呼ばれるプロジェクト。水、電力、人材、文化、そして政治的安定性。これらを同時に満たし、計算基盤の冗長性を担う拠点として機能しうる場所を地図上で整理していくと、北海道がきわめて合理的な選択肢として位置づけられてきます。 日本の半導体覇権を振り返る 2ナノメートル・チップの量産を目指すRapidusは、なぜ絵空事ではないと言えるのでしょうか。それを理解するには、既存のナラティブを解きほぐす必要があります。通説では、日本の半導体産業は競争性を失って崩壊したとされています。しかしデータを詳しく見れば、その崩壊はサプライチェーンの特定分野に限られていたことがわかります。1980年代後半、日本の半導体市場シェアは50%を超えていました。NEC、東芝、日立は業界の巨人でした。彼らはDRAM、すなわち初期コンピューティング時代の「原油」を支配していました。この圧倒的な生産能力はワシントンに恐怖をもたらします。1986年の日米半導体協定は本質的に、日本にチップの「ダンピング」を止めさせ、米国企業に市場を開放させるための管理貿易協定でした。日本は譲歩しました。しかし、敗因はそこではありません。本質的な問題は、イノベーターのジレンマでした。当時の日本企業は垂直統合の巨大な「系列」でした。半導体から掃除機、原子力発電所、重機までを自ら作っていました。1990年代に市場がDRAMというコモディティ製造から、ロジックという設計とソフトウェアの競争へと移行したとき、日本は製造歩留まりの最適化を続けました。シリコンバレー(Intel)と台湾(TSMC)が産業のソフトウェアを書き換えている間、日本はハードウェアの完成度に磨きをかけ続けていたのです。設計と製造を分離するファウンドリモデルは、当時の日本にとって「自分で作らないものを、なぜ設計するのか」という、理解しがたい異端だったのです。クリス・ミラー氏が『Chip War』で指摘した通り、日本企業は製造ではなく、ビジネスモデルのイノベーションで出し抜かれました。その結果、日本はロジック市場を失い、シェアは50%から10%以下へと急落しました。メモリ市場もそれに続き、主に韓国のサムスンとSKハイニックスに明け渡されました。韓国勢は日本モデルの大規模資本投下を適用しながらも、より速い意思決定ループと低コストを実現したのです。しかし、あまり知られていない事実があります。日本はサプライチェーンの「上流」へと退いたのです。韓国サムスンとの不毛なコモディティ戦争を避け、日本企業は「ものづくり」の暗黙知に依存する、コモディティ化が困難な装置や材料に焦点を当てました。現在、日本は半導体材料で世界シェアの50%以上を保持しています。EUV向けフォトレジストなど一部の最先端分野では、ほぼ独占に近い状況です。TSMCでチップを製造するには信越化学の材料が必要???あり、ウェハの成膜には東京エレクトロンの装置が、シリコンの塊(インゴット)の切断にはDISCOの技術が欠かせません。日本はこれらの領域を寡占的に支配しています。 間違いは、日本がB2Cチップ戦争に負けたからといって、能力まで失ったと仮定することです。精密工学の「技術の記憶」はまだそこにあり、材料企業の内部に封じ込められています。Rapidusプロジェクトは、その潜在能力を解き放ち、ロジック製造に再適用する試みなのです。 台湾はJust-in-Time、北海道はJust-in-Case なぜ今になって日本政府は、20年間無視してきた分野に突如として何兆円も投じているのでしょうか。答えは「恐怖」です。より正確には、システミックリスクの再評価です。過去40年間、世界の半導体サプライチェーンは効率性を最優先に設計されてきました。「Just-in-Time」が正義で、どこで作られていようと、安くて確実であれば問題なかったのです。その結果、世界の最先端半導体の製造能力の約90%が、中国が自国の一部であると主張する台湾に集中しています。そこへCOVID-19が起きました。半導体不足でトヨタは生産を止め、台湾海峡が閉ざされれば世界経済が止まるという現実を、ワシントンと東京は直視することになりました。世界は「Just-in-Time」から「Just-in-Case(万が一に備えて)」へと移行したのです。「台湾は価値がありすぎるから侵攻されない」というシリコンシールドの理論は、今や反転しつつあります。台湾への過度な集中そのものが、リスクと見なされ始めたのです。米国のCHIPS法は最初の対応でした。製造を米国内に戻そうという試みですが、米国にはエコシステムが欠けています。設計者(NvidiaやApple)はいても、「ものづくり」を失ってしまったのです。アリゾナにおけるTSMCの苦戦(労働力不足や文化摩擦)は、製造文化を移植することの難しさを証明しています。TSMCの海外プロジェクトを比較すれば、その差は歴然としています。2021年10月に発表された熊本工場は、2024年12月に量産を開始しました(約38カ月)。一方、2020年5月に発表されたアリゾナ工場は、2025年初頭にようやく初期生産にこぎつける状況です(約57カ月)。手厚い補助金と政治的支援があったにもかかわらず、約50%遅れています。日本は「フレンドショアリング(同盟国間でのサプライチェーン構築)」において、極めて有利な条件を備えています。米国の同盟国であり、政治は安定し、円安によって投資コストは低い。そして米国とは異なり、半導体製造の厳格さを文化的に理解している労働力があります。 Rapidusは「速さ」で勝負する Rapidusは日本政府のムーンショット(壮大な挑戦)です。2027年までに2ナノメートル半導体を量産することを目標に掲げています。参考までに、現在日本で作られている最も先進的なチップは40ナノメートルで、15年前の技術です。Rapidusは20年分の開発を5年で飛び越えようとしています。しかしRapidusの本質は、TSMCに「量」で勝つことではありません。「速さ」で勝つことです。TSMCは「量の怪物」です。巨大ロットと長いリードタイム(TAT)を前提とするモデルで、1枚のウェハが最新工場を通過するのに約120日かかります。1億台のiPhoneを作るAppleには最適ですが、明日にも特殊な用途特化型AIチップが必要なスタートアップには向いていません。 ※出典:https://www.rapidus.inc/en/iim/ Rapidusが目指しているのは「短TAT(製造期間)」の垂直立ち上げです。 120日のサイクルを50日、あるいは緊急案件では15日まで短縮する。その鍵を握るのが、バッチ処理ではなく徹底した枚葉式(シングルウェハ)処理です。25枚のウェハをまとめて処理するバッチ方式は効率的ですが、欠陥が出れば全滅し、フィードバックに時間がかかります。対して、1枚ずつ個別に処理する枚葉式は、大量生産には向きませんが、極めて速いフィードバックと高いカスタマイズ性をもたらします。すべてのウェハから、即座にデータが得られるのです。これは根本的な哲学の分岐です。TSMCはスループット(処理量)に最適化されています。巨大タンカーであり、大量生産における量とコストでは無敵です。一方のRapidusはレイテンシ(遅延の少なさ)に最適化されているスピードボートです。記録的な速さで設計を半導体に変えるよう設計されています。これは、市場が向かっている方向と完全に一致しています。AI時代の到来によって、半導体市場は細分化しつつあります。私たちは、汎用CPU(Intel)中心の世界から、用途特化型アーキテクチャ(ASICやNPU)へと移行しています。この先、主役になるのはTenstorrent(すでにRapidusと提携しています)のような企業です。彼らが必要としているのは、汎用チップを大量に生産することではありません。求めているのは、用途に特化したチップを、できるだけ速く試作・改良できる環境です。1億個の量産ではなく、高速な試行錯誤こそが価値になります。...

日本はなぜ、再び原子力へ向かうのか

6 months ago

日本はエネルギー資源において、最初から不利な条件を背負ってきました。資源の乏しい列島に位置する工業大国であり、石油も天然ガスも石炭も、自国でまかなえる量はほとんどありません。資源に恵まれないという現実は、過去100年にわたって日本の歩みを左右してきました。1940年代にはアメリカとの戦争へと突き進む一因となり、1970年代のオイルショックでは経済に深刻な打撃を与えました。そして2022年、その構造的な弱さが再び浮き彫りになりました。ウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰、日米間の金利差の拡大、そして急激な円安の進行。これらの「三重苦」が重なり、日本経済は大きく揺さぶられました。エネルギー主権という観点で見れば、日本はいまも非常に苦しい立場にあります。しかし、この状況は決して避けられないものではありません。日本はすでに一度、他国への依存を減らす道を見つけていました。その答えが、原子力だったのです。 最初の転換:日本が未来を築いた時代 日本が原子力大国になったのは偶然ではありません。それは、当時の日本にとって国家としての生存を左右する戦略でした。話は1973年に遡ります。この年、日本の一次エネルギー供給に占める石油の比率は75.5%に達しており、そのほぼすべてを中東からの輸入に頼っていました。第四次中東戦争をきっかけに発動されたアラブ諸国の石油禁輸は、日本経済に激震をもたらしました。エネルギー集約型の製造業を基盤とする日本は、先進国の中でも特に打撃を受けやすい構造にありました。供給の急減と価格の4倍もの高騰は、「エネルギー安全保障が国家の存立に直結する」という認識を一気に広めました。時の田中角栄首相は原子力発電を推進する姿勢を明確にし、1974年には原発建設を後押しするための補助金制度を含む法律が整備されました。 灯油の割引販売に長蛇の列ができ、短時間で売り切れた。※出典:週刊エコノミスト Online 1970年から2010年にかけて、日本は世界的に見ても非常に大規模なインフラ構築を進めました。原子炉ゼロの状態から54基を建設し、国内電力の約30%を原子力で賄う体制を築き上げたのです。これは単なる電力確保にとどまらず、トヨタや日本製鉄、東芝といった巨大企業が国際競争に勝ち抜くための、安定したコスト基盤となりました。2010年時点で、日本の原子力発電量はアメリカとフランスに次ぐ世界第3位となっています。政府のエネルギー基本計画では、2030年までに原子力比率を50%以上に引き上げる構想も描かれていました。電力の約70%を原子力で賄うフランスの例を踏まえれば、当時の前提に立てば、日本にも十分、実現可能に見えました。日本は卓越した技術力を背景に、エネルギー主権を現実のものにしつつあったのです。 エネルギー自立の「黄金時代」 世界最大の原子力発電所、柏崎刈羽原子力発電所(1996年完成)※出典:清水建設 日本は単なる原子炉の「買い手」にとどまりませんでした。むしろ、世界の原子力サプライチェーンにおいて、欠かせない中核を担う存在へと移行していったのです。その技術的な優位性を最も端的に示している場所が、北海道の室蘭です。数十年にわたり、日本製鋼所(JSW)は原子炉圧力容器に不可欠な大型鍛鋼品において、事実上の世界独占(約80%の市場シェア)を維持してきました。フランスのEPRであれ、アメリカのAP1000であれ、原子炉という巨大なシステムの「鋼の心臓部」の多くは、日本製だったのです。日本は、世界の原子力時代を支える鋳造拠点として欠かせない存在になっていきました。日本???また、次世代技術を確立させながらも、それを結果として「宝の持ち腐れ」にしてきました。世界が従来の軽水炉に注力する中で、日本原子力研究開発機構(JAEA)は数十年にわたり、高温ガス炉(HTGR)の研究・改良を続けてきました。その高温工学試験研究炉「HTTR」は、世界最高記録となる950℃の出口温度を達成しています。一般的な原子炉が約300℃で運転され、用途が主に発電に限られるのに対し、このレベルの高温は、重工業の脱炭素化や水素製造といった新たな応用を可能にします。さらに特筆すべきは、その安全性です。電源喪失時でも自然に冷却される設計となっているため、炉心溶融(メルトダウン)に至るリスクを構造的に大幅に低減しています。これは、日本の技術力を示す驚くべき成果でした。しかし、この優れた技術は30年にわたり商業化には至らず、研究プロジェクトの枠内にとどまり続けてきました。ようやく最近になって、私たちの投資先であるZettajouleと、三菱重工業が、JAEAによって実証されてきた設計を現代化し、商用展開へと繋げるべく動き出しています。 近視眼的な後退 しかし、2011年に事態は大きく変わります。東日本大震災は未曾有の自然災害でしたが、その後の原子力をめぐる対応は、強い危機感の中で下された政策判断が積み重なり、結果として混迷を深めていきました。福島第一原発の事故は、確かに深刻な産業事故でした。しかし、その後の全原発停止という対応は、客観的なデータに基づく冷静な検討よりも、当時の強い社会的動揺や感情的反応が前面に出たものでした。エネルギー政策の観点から見れば、結果として過剰な措置だった側面は否定できません。原発ゼロの時代は、経済面でも大きなコストを伴いました。原発が担っていた24時間安定した電力供給が失われたことで、日本はLNGや石炭といった化石燃料の輸入への依存を強めます。その影響は2022年に顕在化しました。ウクライナ戦争の影響も重なり、エネルギー輸入額は急増し、日本は過去最大となる約20兆円の貿易赤字を記録します。同じ時期、米国では連邦準備制度が利上げを進める一方、日本銀行は低金利を維持していました。円安の要因として日米の金利差が語られることは多いものの、巨額の貿易赤字もまた、通貨にとって大きな下押し圧力となりました。エネルギーの約9割を外貨建てで輸入する構造の下では、その支払いのために円を売る圧力が常に生じます。巨額の貿易赤字は、金利差と並んで円安を加速させる大きな要因となりました。稼働していない原子力発電所が増えるほど、国の富が海外へと流出する構造が続くことになります。 日本が立ち止まる間に、世界は加速した...

日本の出生率の話はもうやめよう

6 months ago

この30年近く、欧米の一部の論者やメディア言説において、日本はしばしば「反面教師」として扱われてきました。停滞と衰退を語る際の象徴的な存在として、日本が引き合いに出されてきたのです。巨額の債務、終わらないデフレ、そして何より、出生数が大きく落ち込んだ国。「限界集落」や「大人用おむつの売上がベビー用を上回った」といった刺激的な見出しが繰り返される中で、日本はやがて緩やかで静かな衰退へ向かう──そんな物語が、長らく語られてきました。しかしこの物語は、単に一面的というだけではありません。21世紀という時代そのものを読み違えています。この議論が前提にしているのは、人口規模こそが成長の原動力だと考える、20世紀型の経済モデルです。そこでは、自動化やAI、そして寿命そのものを延ばす技術がもたらす地殻変動が、ほとんど考慮されていません。日本は衰退に向かっているのではなく、変化の最中にあるのです。欧米諸国が文化的な分断に揺れ、大規模移民がもたらす社会的摩擦に直面する中、東京は世界でもいち早く、人口増加に依存しない高度技術社会への移行を静かに進めています。合計特殊出生率(TFR)への過度な注目は、かえって本質を見えにくくしています。問題の本質は、日本の出生率が1.2であることそのものではありません。周辺国が急激な人口減少に直面する中で、日本社会はすでに安定局面に入り、時間をかけて適応してきたという事実です。また、論点は若手労働者が減っていることではありません。ロボティクスの普及と、引退を選ばない活力のある高齢者の存在によって、「労働者」の定義そのものが変わりつつあるのです。私たちは「日本化(Japanification)」という言葉で低成長・高齢化・停滞を一括りにする見方を、一度疑ってみる必???があります。比較人口動態、健康寿命(HALE)、労働力の実態、そしてディープテックを軸にした産業政策。これらを総合的に見れば、日本は過去の遺物ではなく、先進国が向かう未来にとって、十分に現実的な設計図であることが見えてきます。 東アジアの中で、最も持ちこたえている国 欧米の日本観がいかに偏っているかは、その「近隣地域」を見れば明らかです。語られてきた物語では、日本だけが人口崩壊の例外のように描かれてきました。しかし、データが示す現実は逆です。日本はむしろ、厳しい状況にある東アジアの中で、最も堅実な立ち位置を確保しています。日本が人口動態の安定に向けたソフトランディングを実現してきた一方で、東アジアの周辺国は、前例のないスピードで人口減少に直面しています。 人口学における一つの基準値が、いわゆる人口置換水準である2.1です。日本はこの水準を数十年にわたって下回り、現在はおよそ1.2前後で推移しています。確かに低い数字です。しかし、東アジアの工業化という文脈で見れば、この水準は驚くほど粘り強いとも言えます。韓国では2023年の出生率が約0.7まで落ち込みました。これは単なる減少ではなく、社会システムの持続可能性に関わる深刻な水準です。今いる100人に対して、孫の世代では12人しかいなくなることを意味します。つまり、一世代で人口が半減する可能性を示唆する深刻な数字です。台湾や香港もそれぞれ0.87、0.8と、同じ軌道をたどっています。中国も例外ではありません。長らく「日本の轍は踏まない」と考えられてきましたが、実際には同様の課題に直面しています。公式統計では1.0とされていますが、実際の数字はそれより低い可能性が高い。中国は、豊かになる前に老いる形で人口の壁にぶつかっています。1人当たりGDPは日本の数分の一にとどまっています。日本の出生率1.2は、主要な東アジア経済圏の中では最も高い水準です。しかも日本は1990年代という早い段階で人口転換期に入り、20年以上の時間をかけて適応を進めてきました。韓国や中国で見られる急激な低下と比べると、日本は早くから課題に向き合い、影響を相当程度抑えてきたと言えるでしょう。ヨーロッパに目を向けると、日本への批判はさらに奇妙に映ります。イタリア(1.2)やスペイン(1.1)の出生率は、日本と同等か、それ以下です。それでも「イタリア化」や「スペイン化」という言葉が使われることはほとんどありません。高齢化に関する報道において、日本は他の国々と比較した実態を考えると、不当に多くの注目を集めているように思えます。はっきりさせておきたいのは、出生率の低下は世界共通の現象であり、日本だけの問題ではないということです。「従属人口比率」や「逆ピラミッド構造」を理由に挙げる人もいますが、それだけでは全体像は見えてきません。 健康寿命(HALE)が示すもう一つの現実 「従属人口比率」という経済指標は、あまりに粗い道具です。人口を「労働者(15〜64歳)」と「被扶養者(65歳以上)」に二分し、65歳の誕生日を迎えた瞬間に、生産者から社会の負担へと転じるという、実態に即さない前提に立っているからです。肥満や生活習慣病が深刻な米国では、これはある程度当てはまるかもしれません。しかし日本では、この前提は現実とかけ離れています。日本は単に寿命を延ばしたのではありません。「活力」を延ばしてきました。日本経済を理解するには、健康調整余命(Health-Adjusted Life Expectancy:HALE)を見る必要があります。これは、重大な疾病や機能障害に妨げられることなく、完全に健康な状態で生きられる年数を示す指標です。 日本は世界で最も高いHALEを誇ります。WHOの統計によれば、日本人の健康寿命は約73.4歳で、世界最高水準にあります。これは単なる平均寿命ではありません。活動的で機能する人生の期間です。米国のHALEは約64年にとどまっています。ここには約10年の「活力ギャップ」があります。75歳の日本人が、65歳の米国人と同等の身体的・認知的機能を持つことは、決して珍しくありません。「75歳は、新しい65歳」なのです。しかも日本は、米国の医療支出額のほんの一部で、これらの優れた成果を実現しています。米国の医療制度はGDPの約18%を消費しているにもかかわらず、その成果はOECD諸国の中でも下位に位置します。肥満や薬物依存の蔓延、暴力といった社会問題が、米国全体の平均値を押し下げています。一方、日本の医療制度は、食生活と年1回の健診を重視する文化に支えられた予防医療に重点を置いています。日本は単に高齢化しているのではありません。「上手に」高齢化しているのです。 シルバー労働階級のパラドックス もし人口動態が運命であるなら、日本の労働力は人口と歩調を合わせて縮小しているはずです。しかしデータは、正反対のことを示しています。2024年、日本の就業者数は6,780万人と過去最高を記録しました。人口が減る国で、なぜ労働力が増えるのか。答えはシンプルです。高齢者が働き続けているからです。日本は、引退後は余暇を楽しむものだ、という欧米型の理想を退け、生涯にわたる活動というモデルを選びました。男性の労働参加率は7割を超え、G7で最も高い水準です。65歳以上の就業率は25%を超え、米国(約18%)や英国(約11%)を大きく上回っています。もちろん、年金だけでは???活が厳しいという経済的な事情も無視できません。しかし、それだけでは説明しきれない側面もあります。日本では、働くことが社会とのつながりや自己の尊厳を保つ手段として、文化的に根づいている面があります。フランスで年金支給開始年齢の引き上げに猛烈な抗議が起きる一方で、日本では70代まで働くことを選ぶ人も少なくありません。高齢者に続き、日本はもう一つの巨大な未活用資源である「女性」の力も引き出しました。2024年、女性の労働力率は約54%と過去最高水準を記録。「ウーマノミクス」政策は雇用を阻んでいた多くの壁を打ち破り、人口減少のトレンドに歯止めをかける力を生み出しています。 ロボット、新たな労働力、そして人間拡張...