Follow feeds: blogs, news, RSS and more. An effortless way to read and digest content of your choice.
Get Feederkkimura.exblog.jp
Get the latest updates from 日々是闘い。〈木村光一の独白〉 directly as they happen.
Follow now < 10 followers
Last updated 7 months ago
over 1 year ago
YouTube番組はこちらから ↓ https://www.youtube.com/playlist?list=PLTK74oPiKdD7ZAAEtGP4qOWRcWmCPg1ro
over 2 years ago
YouTube『男のロマンLIVE!』との連動企画「SHIN・INOKI PROJECT』から生まれた書籍『格闘家アントニオ猪木─ファイティングアーツを極めた男─』の発売日が10月25日に決定しました。すでにamazonでも予約を開始しております。下記QRコードで検索が可能です。よろしくお願いいたします。
about 3 years ago
平成21年(2009)週刊実話CloseUp!インタビュー(9月17日号)より聞き手/木村光一 【ストロングスタイル。武士道精神。原点にこそ、真の強さへ通じる道がある】 プロレスラーとして空前絶後のブームを巻き起こし、四半世紀前には総合格闘技を創始した格闘の天才。佐山サトルは現在、己のルーツである『プロレスの復権』と『格闘技を超える武道の創造』という二大テーマに挑戦している。プロレス...
about 3 years ago
『突然卍固め』(1995年12月30日・大阪城ホール) パンフレット掲載インタビューより/聞き手 木村光一 【高田には夢を取り戻してほしい。だからパートナーに選んだ】 ──まさか高田延彦選手と猪木さんの師弟タッグが再び観られるとは思いませんでした。なぜ、パートナーに高田選手を指名したのでしょうか? 猪木 そうね、東京ドームで高田が武藤に負けて、あのまま消えちゃったらあまりに寂しいとね…。あれ...
about 3 years ago
【梶原一騎との微妙な蜜月】 ──アントニオ猪木vs.ウイリー・ウイリアムス戦(1980年2月27日/東京・蔵前国技館)の仕掛け人は劇画原作者で格闘技界のフィクサーとも呼ばれた梶原一騎さんでした。梶原さんとの関係について話していただけないでしょうか。 猪木 俺は梶原さんとはほとんど付き合ったことがないんだ。ウイリー戦も、その後のタイガーマスクの件も、...
about 3 years ago
【ルスカの強烈な投げを無力化した究極の受け】 ──以前、日本プロレス道場時代、大坪清隆さんという柔道出身の先輩からよく指導を受けていたという話を伺ったんですが、その点も含めて、猪木さんがウイリエム・ルスカ戦に臨むまで抱いていた柔道という格闘技に対する認識について聞かせてください(註/このインタビューが行われたのは1996年。その時点から20年前のルスカ戦について猪木さん...
about 3 years ago
【〝密林男〟前代未聞の怪力デモンストレーション】 ──グレート・アントニオと猪木さんの最初の接点から聞かせてください。 猪木 グレート・アントニオが初めて日本プロレスに来たのはまだ俺が入門したての頃で、羽田空港でいきなり長イスを「ウワァー!」って持ち上げてそこに集まっていた人たちを追い回してね。新人の俺なんかいちばん前にいたんで、とにかくびっくりし...
over 3 years ago
【アリ戦の負債が異種格闘技路線を継続させた】 ──そもそも『格闘技世界一決定戦』とはモハメド・アリ戦を意味する呼称のはずでした。しかし、この一戦によって新日本プロレスは莫大な負債を抱え、やむを得ず異種格闘技戦がシリーズ化されてしまったわけですが、猪木さんとしてはどんな思いでリングに立ち続けていたのでしょうか? 猪木 〝宵越しの金は持たない〟というよ...
over 3 years ago
【先代マクマホン・シニアの商才と実行力】 ──1978年(昭和53)4月、アメリカのフィラデルフィアで『格闘技オリンピック』と銘打たれたイベントが開催され、それにアントニオ猪木、坂口征二、ストロング小林の〝新日本プロレス三強〟も参加していました。まずはこのイベントの詳細について伺いたいと思います。主催はWWWF(現WWE)のビンス・マクマホンでしたが、この格闘技イベント...
over 3 years ago
【猪木・アリ戦が格闘技界の枠組みを変化させた】 ──異種格闘技戦の対戦相手として、一時、プロボクシング元ヘビー級王者ジョージ・フォアマンの名前が頻繁にあがっていました。そもそもフォアマンとは1977年(昭和52)10月に対戦内定という発表もあってファンは大いに期待していたのですが、結局、実現には至っていません。いったいなぜ猪木・フォアマン戦は行われなかったのでしょうか?...
over 3 years ago
【チャック・ウエップナーの〝ラビットパンチ〟】 ──日頃から猪木さんは「キックはそれほど恐れなくていい。本当に怖いのはヘビー級ボクサーのパンチだ」と若手選手に話しているそうですね。 猪木 日本人でヘビー級ボクサーの、しかも一流選手のパンチを受けたことがあるのは俺だけなんですよ。 ──たしかに。日本にはヘビー級ボクサーが存在しま...
over 3 years ago
【闘いながら感動したモンスターマンの芸術的な蹴り】 ──一連の『格闘技世界一決定戦』(異種格闘技戦)における最大の収穫はなんといってもザ・モンスターマン・エベレット・エディ選手(全米マーシャル・アーツ/スーパーヘビー級チャンピオン)だったと思われます。当時、マーシャル・アーツ(プロ空手)はまだ日本で未知の格闘技でしたが、猪木さんはいつ頃からモンスターマンに注目していたの...