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Last updated over 1 year ago
about 11 years ago
ごきげんよう。 赤坂を歩いていたのだけれど、赤坂プリンスホテル、通称「赤プリ」の後に立つ再開発ビルがその巨大な姿を完成させつつある。 あの丹下健三デザインの赤坂プリが記憶の中だけになるというのは時間の流れの速さに驚くばかりである。ふと思い出したが、最後に赤プリに行ったのはあるメガネ販売チェーンの創業者の社葬へ出席した時だった。 とてもよく覚えている。 かつて一世を風靡した激安メガネチェーンの創業者。 それまでは街のメガネ店や眼科で5万、6万円という高価だったメガネを半額近くで安く販売し大衆の心をつかんだ。 豪快な趣味人で、ゴルフ場やG1優勝馬の馬主、プロレス団体まで好きなことには使うお金も豪快だった。 そんな社葬の席をよく覚えているのはある方の故人に対して投げかけられた弔辞の一文のせいだ。 詳しくは失念してしまったがこのような内容だったと思う。「あなたは最期までメガネのことは解らなかった。お店に行っても決してメガネのことを知ろうとはしなかった。」さて、一生活者としていろいろな商品サービスと接していると、この商品でこれだけビジネスを大きくする社長さんはさぞこの商品を好きなんだろうな。 と思ったりするのだが、実際にそのジャンルで成功している経営者の方に会ってみるとあっけないくらい自社の業界や商品やサービスに「淡泊」な人が多い事に気づく。 もちろん、ビジネス上必要な知識は持って居るし、業界人として入ってくる情報も多いから当然よく知ってはいるのだが、そのジャンルの所謂「オタク」に比べると商品やサービスに対する愛を感じる人は少ない。 いや愛を感じる経営者は居るが総じてあまりスケールしていない印象がある。...
about 11 years ago
ごきげんよう。 昔いつものお店のカウンターで食事をしていたら隣の席の女性が「『俺ってちょっと変わっててさ〜』っていう男の普通さったらない。」 と言ってて、ボンゴレビアンコが鼻から出そうになったことがあります。さて、これまでの人生の中で沢山の会社の方と仕事をさせてもらってきましたが、この人は一流だなぁと思うビジネスパーソンの共通点に「キャラが立っている」というのがあります。 そういうビジネスの第一線の猛者の中には天然モノの魅力的なキャラクターの方が沢山居ていつもその魅力に感動すると共に、自分には無理だなぁと思ってしまいます。 無意識且つ気まぐれな振る舞いの中から他???に自分のキャラクターの魅力を発見してもらいたいという受け身なスタイルで人気者になることを期待するのが僕ら普通の人というものです。まさに昨年大流行したLet It Go「ありの〜♪ままの〜♪ 姿見せるのよ♪ありのままの〜自分になるの〜何も怖くないの〜♪」という奴ですが、ぶっちゃっけ、僕ら普通の人のありのままなんて誰も興味なんかありません。 ドラえもんには「石ころ帽子」という、被ると道端の石ころのようにそこにいても誰も気づかなくなるというひみつ道具がありましたが、まさに石ころ帽子を被った状態がデフォルトなわけです。多くの人は自分が主人公の物語を生きているわけですが、自分は他人の物語における「何の役」なのか?どういうキャラクターとして登場したら出番が増えるかを考えないと、石ころ帽子を被ったままの「ありのまま」です。 これが何がまずいかと言うと組織内のいろんな場面で大体損な役回りをさせられるのはそういうキャラがちゃんと定まっていない人。だからです。 そりゃそうですよね。 どんな物語でも、序盤に無残に殺されたり、ひどい目にあわされたり、背景同然の役割だけで終わる人はエンドクレジットでも「通行人A」とかそういう人達なわけです。僕が最初に言った「一流のビジネスパーソン」はやはり、自分の中に蓄積された「アイデンティティ」とか「自信」と言ったものの発露としてキャラクターの輪郭がはっきりとしていっているのかもしれませんし、ある程度の競争を生き残る為に自分の強みを認識してポジションを争ううちに自然と自分のキャラクター性が強化されているのかなとも思います。とはいえ、我々「石ころ軍団」も毎回...
about 11 years ago
ごきげんよう昔社員全員がタクシーで出社できる会社にするって言って潰れた会社ありませんでしたっけ? まぁどうでもいい話ですが。さて、ここはとある都心のマンションの前。雨の日の朝、またいつもの奇妙な光景が繰り広げられています。 このあたりは大型のマンションが多く駅まで少し歩かなくてはならないこともあり、雨の日の???はタクシーをマンションの前で拾おうとする人で行列になります。 列には病院まで向かうのか付き添いの人の差す傘に入る上品な老婦人、そして僕、その後ろには通勤であろう高そうなスーツを着た身なりのよい老紳士もいます。 普段からタクシーを主な移動手段とする人も多い為ひっきりなしにタクシーが来てくれるのですが、個人タクシーが到着すると「よかったらどうぞ。」と先頭のご婦人が僕にタクシーをゆずり乗ろうとしないのです。 そして僕も後ろの人に言います。「私も結構ですのでよかったらどうぞ。」しかし後ろの老紳士も言います。「いえ、私も『個人タクシーには乗らないので』良かったらどうぞ。」というわけで4番目に並んでいた若いビジネスマンが乗ることになりました。僕が後ろの人に譲った理由も実は、後ろの紳士と同じく「個人タクシーには乗らない」ようにしているからです。そういうことが2台目の個人タクシーでも繰り広げられた後、そうこうしているうちに次に桜のマークの行灯を上に乗せたタクシーがやってきました。 先ほどは頑として個人タクシーに乗ろうとしなかった前の老婦人が躊躇なく乗り込んで行きます。■僕が個人タクシーに乗らなくなった理由僕と他の人の個人タクシーに乗らない理由が同じかは定かではありませんが、僕個人の理由を一言で言えば「サービスが不均質であることに対する不安」がその要因です。もっと直接的に言えば個人タクシーに乗ってイヤな思いを何度かしているからです。もちろん対応が素晴らしい運転手さんも何度も会ってますがイヤな思いを何度かして以来絶対に乗らないと思ってしまっています。そういうイヤな思いを絶対にしたくないなら、トラブル承知でクレームを入れたり、ソーシャルで派手に晒したりするより簡単な方法はそういうタクシーに遭遇する確率を下げるように生活者サイドでルールを作るのが一番楽だし賢いと思っています。僕は自家用車を持ってませんし、毎日同じ電車に乗ることを避けている事情がある為この10年程は、近郊の移動ではよくタクシーに乗ります。 都内では路上で拾うことが多いですが、あるルールに基づいてタクシーに乗っています。 それは日本交通→他の東京4社(KM、帝都、大和)→チェッカー→アプリで呼ぶか時間が厳しいようなら諦めて最寄り駅まで歩く。です。 この方法で乗るようになってからは嫌な思いをすることは一切なくなりました。僕が具体的にかつて遭遇したイヤな思いの一例をあげると、銀座のタクシー乗り場に並んで、順番で来た個人タクシーに乗って行先を告げたら「えっ〇〇(目的地の地名)?もぉー俺がどれだけ並んだと思ってんだよー(行先が比較的近い為)」と言われ、「申し訳ありません。では結構です。」と降りようとすると「ちょっと!乗車拒否になるからまずいんだよ。乗れよ。」と言われて乗ったことがあります。 その後、ちょっと腹が立ったので「そんなにお金が必要なら、遠回りしてください。レインボーブリッジを渡って」と言ったところ本当にレインボーブリッジを渡って帰宅しました。いつもなら2,000円を切る料金のところ、メーターは6000円になっていました。(もちろん払いました)これ同じことをもし女性や老人がされたらとても怖いと思いますから。まぁ推測ではありますが、立地的に比較的短距離になりやすいこの場所に住んでいる方は同じような思いをしたことがあるのかもしれません。■サービスをブランド化すること=サービスを均質化すること?今月のハーバードビジネスレビュー2015年8月号には前述した老婦人が待ってまで乗った桜のマークの行灯の日本交通川鍋社長が「日本交通のタクシーはなぜ選ばれるようになったのか?」を寄稿されており、同じサービス業を経営するものとして頷く点が多く、また、この「サービスの均質化」が如何にサービスのブランド化に重要であるか、また、直接は書かれていないもののその不断の取り組みの苦しさについても行間から伝わってきて胸が熱くなりました。詳しくは、本誌を読んでもらうとして、かいつまむと川鍋社長は就任以来、サービスの詳細なマニュアル化を推進し、同時にドライバーのキャリアパスを明確にし会社としてのブランドを守る人を引き上げる人事体系を定型化したとのことでした。その中で注目すべきことは、過剰なサービス(例えば観葉植物や芳香剤を社内に置く等)をしていたドライバーにそれを止めさせることも中にはあったとのことです。 また、車に乗り込んだ時の掛け声なども統一しブレをなくしたということでした。...
about 11 years ago
ごきげんようなんか住宅ローンがどうのこうので盛り上がってるみたいだが、低金利時代のローンの有用性などはそれこそ鬼のように詳しい人達が一杯書いてくれてるのでそちらをみてもらって。。お金というのは身近なようで本質的にはバーチャルな部分があるので頭がいい人はちょっと勉強すれば理解し掴むことが出来るのだろうけど、数字にそれほど強くない人は子供の頃に「借金ダメゼッタイ」「オカネコワイヨ」みたいな教えを受けているとなんだか無用に恐がったりすることもあるようだ。 僕の方はというと数字にはめっぽう弱いのだけど幸い子供の頃からおカネについては父がいろいろと教え???くれていたので今になってそれが金融アレルギーにならず本当に感謝している。 よく考えるとお金に関することというのは学校ではあまり教えてくれないので意外と詳しくないまま大人になる人が多いのかもしれない。そんなこんなのタイムラインを眺めていたら父のことを思い出したので懐かしいので忘れる前に書き留めておこうと思う。私には一人の父が居た。一人は金貸し父さん。以上である。この記事の公開は終了しました。 続きはバックナンバー集にて金貸し父さんのキャッシュフロー【バックナンバー集01】|ユウタロス|note(ノート) https://note.mu/grand_bishop/n/n5e13a7093552
about 11 years ago
ごきげんよう今年は東京で花火や祭りを楽しむ夏を迎えています。 僕は大阪南部、エリア的には泉州というところで育ちましたが、泉州もだんじりという山車を曳きまわすお祭りが盛んなところでお祭りの熱気は故郷を思い出します。 嫌いではありません。お祭りと言えば思い出すことがあります。そうやはりあのナニワのノンバンクのおっちゃんだった父のことで???。 今週はやたらと死んだ父のことを思い出しますが、お盆だけに墓参りにも来ようせず東京で消耗している僕の枕元に立って嫌味の一つも言いに来ているのかもしれません。私には一人の父が居た。一人は金貸し父さん。以上である。この記事の公開は終了しました。 続きはバックナンバー集にて金貸し父さんの友達論【バックナンバー集02】|ユウタロス|note(ノート) https://note.mu/grand_bishop/n/n7a7140b3c52c
about 11 years ago
ごきげんようお盆の週ですから皆さんのタイムラインも帰郷モード一色ですね。 僕はあまり帰郷したいと思わない方なのですが、父が死んでからというもの余計に帰る頻度が落ちてしまいましたね。 怒ってくれる人がいないとなかなか手を付けられないのは昔から全然変わりません。帰郷と言って思い出すことといえば、そう。やはりあのナニワのノンバンクのおっちゃんだった父のことです。私には一人の父が居た。一人は金貸し父さん。以上である。この記事の公開ははてなダイアリー終了に伴い終了しました。 続きはバックナンバー集にて金貸し父さんと評価尺度の囚人【バックナンバー集03】|ユウタロス|note(ノート) https://note.mu/grand_bishop/n/nec0210400f9d
almost 11 years ago
「ベンチャー役員三界に家なし」は諸般の事情により現在メンテナンス中です。バックアップから記事を部分的にサルベージしていますが、新しいエントリは別のブログで書こうと調整しています。 引越しした際は追ってリンクもつけたいと思います。 【削除後、リクエストやソーシャルなどで言及してもらった数が多かった過去エントリ】1位.最期に見る夢をいくらで買いますか? 2位.個人店に大切にされる1人飲み食いの仕方について 3位.金貸し父さんシリーズ 金貸し父さんのキャッシュフロー 金貸し父さんの友達論 金貸し父さんと評価尺度の囚人ありがたいことにツイッター等で惜しんでいただいたものはできるだけ復旧しようと思いますが、後は気がむいた時にやります。 【PR】
almost 11 years ago
(また、適当なことを書きおって。。人の気も知らんで。。)男はそう思いながらノートパソコンのブラウザを忌々しそうに閉じた。 ネットニュースの記事には自分があたかも冷酷非道のヤクザ者かのように書かれており、その下のコメント欄には自分を中傷する「ブラック経営者は今すぐ死ね」「二度とこの会社は使わない」など自分では考えもつかないようなありとあらゆる罵詈雑言が並んでいた。 (自分はいい。それより、、、) 思案を巡らせようとしたが、総務の女性の声に思考をさえぎられた。「川口副社長。会長がお呼びです。」「・・・早い。。な。。」男は椅子の上にスーツを着たまま胡坐を書くのが癖なのだが、彼を呼ぶ電話を知らせるその声を聴き終わる前には靴に足を突っ込んでいた。 靴の踵は柔らかくつぶれてしまっていて紐は緩く結んだままだ。 自分が現場で引越し作業員だったときから靴を脱ぐにも履くにも手を使わずやってきたクセで靴がすぐにこうなってしまう。すぐにエレベータに飛び乗り、10階の会長室へと向かう。 ノックは一回、すぐに部屋に飛び込んだ。 それがオヤジと一緒に仕事をしてきたこの30年のルールだ。 常にオヤジが「オイ」といったらすぐに動く。神戸の街で荒んだ生活をしていた19歳の自分を拾ってくれたあの日からそうやってずっとオヤジをささえてきた。ワンフロアをまるまる使った会長室は広さ以外は質素だったが、横幅の大きなデスクと釣り合うくらい大きな液晶ディスプレイが置かれ、それに隠れるように座っている小柄な老人がとてもアンバランスだ。川口がオヤジと呼ぶ老人はマウスを動かしながら大きなディスプレイに対して目を細め、何かを熱心に読んでいるようだ。 部屋に???び込んだ川口は何を読んでいるのか既に察していたが、知らないフリをして大きな声で言った。 「会長!如何されましたか?」 オヤジも歳をとった。大きな声で話しかけないと聞きとりづらいのだ。だから、どこでもこちらが大声で話をするクセがついてしまった。「これはいかんね。なんでうちがこんな悪者にされとるんや?」老人は静かに言ったが、耳が赤い。間違いなく怒っている。...
almost 11 years ago
僕は大阪に本社を置く機械商社の新社長に挨拶をする為に先方の応接室を訪れていた。 部屋の中には僕を含め3人の男がソファに身を沈めている。今回社長から一気に相談役に退いた老創業者は絵に描いたようなナニワの喰えない商売人という感じではあったが、その中にも人情味を感じるとても味のある人物だ。 一代で50億円規模の商社に自社を育て上げ、兼ねてから65歳で引退すると宣言していたのでこの度の社長交代となった。 30代前半の長男はまだ若い為、常務管理本部長へ昇格はするもののまだ修業は数年続くとのこと。 僕も旧知の創業以来から創業者に仕えてきた番頭格である専務が社長を引き継ぐことになったそうだ。 2代目が育つまでのいわゆる「つなぎ登板」である。 流石に手堅い人事で前々から引退を意識して準備していたことを伺わせる。新社長とは翌日個人的にゴルフをする予定だ。「まぁ、よろしく頼んますよ。ひきつづき社長を助けてやってや。」この記事の公開ははてなダイアリーサービス停止に伴い終了しました。 続きはバックナンバー集にて 金貸し父さんと信頼の米びつ【バックナンバー集04】|ユウタロス|note(ノー???) https://note.mu/grand_bishop/n/n9d7c0f1dfd29